大判例

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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1181号 判決

本店所在地

大阪市生野区巽北四丁目一番二八号

商号

睦月電機株式会社

代表者氏名

睦月末藏

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和五八年六月二七日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 細川顕 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人辛島宏作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

諭旨は、量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実の取調の結果を参酌して検討するのに、本件は、大阪市内に本店を置き、合成樹脂を主体とした家庭電器製品の部品製造業を営む資本金二、二五〇万円の被告法人睦月電機株式会社の代表取締役睦月末藏が、同会社の業務に関し同会社の昭和五四年年度分、昭和五五年度分及び昭和五六年度分の法人税を免れようと企て、いずれも売上を一部除外したり期末棚卸を一部除外する等して所得の一部を秘匿し、昭和五四年度分については所得金額が二四九、二七三、一一五円でこれに対する法人税額が九七、一八一、四〇〇円であるのに所得金額が一〇一、八八二、九二〇円でこれに対する法人税額が三八、二四三、三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出して同年度分の法人税五八、九三八、一〇〇円を逋脱し、昭和五五年度分については所得金額が三四九、六一三、七九七円でこれに対する法人税が一三六、四六七、七〇〇円であるのに所得金額が二〇九、八三八、九三七円でこれに対する法人税額が八〇、五六六、一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出して同年度分の法人税五五、九〇一、六〇〇円を逋脱し、昭和五六年度分については所得金額が二三三、〇四七、二一三円でこれに対する法人税額が九四、一五四、四〇〇円であるのに所得金額が一六〇、五七六、九一二円でこれに対する法人税が五九、一七九、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出して同年度分の法人税三四、九七四、六〇〇円を逋脱した事案であって、右犯行の罪質、動機、脱税の手口、期間、脱税額とその所得金額に対する割合等の諸事情、殊に本件三年間の脱税額が合計一四九、八一四、三〇〇円の多額であるうえに、補脱率が本件三年間の平均約四五パーセント(昭和五四年度約六〇パーセント、昭和五五年度約四一パーセント、昭和五六年度約三七パーセント)と高率であり、本件犯行が申告納税制度を悪用し過少申告をなし、景気の変動による業績不振時に備え、資金の蓄積をはかるためなされたことに徴すると、犯情を軽視することはできないから被告法人の代表者らにおいて租税逋脱金を私的な用途にあてることなく、割引債券や国債等にかえて蓄財していたこと、本件発覚後直ちに修正申告をなし、本件逋脱額のみならずそれにともなう廷滞税、加算税等の公租公課をすべて全額(約三億七、〇〇〇万円)納付したこと、被告法人をとりまくこの種業界の実情等所論指摘の点を十分に考慮しても、被告法人を罰金四、〇〇〇万円に処した原判決の量刑はやむを得ないものと認められ、不当に重過ぎるものとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 八木直道 裁判官 谷口敬一 裁判官 中川隆司)

昭和五八年(う)第一一八一号

法人税法違反被告事件

被告人 睦月電機株式会社

○ 控訴趣意書

昭和五八年一〇月三一日

右被告人弁護士

弁護士 辛島宏

大阪高等裁判所第三刑事部 御中

(結論=量刑不当)

原判決が被告人を罰金四、〇〇〇万円にしたのは、以下に述べる諸事情や更に被告人に有利な事実を参酌するとその金額について重きに失するのでこれを軽減のうえ更に寛大なる判決をたまわりたい。

(理由)

一、逋脱額・延滞税・加算税等の納付と二重の危険の禁止

被告人は、本件が摘発され捜査が終わってから逋脱額に伴なう税額、延滞税、加算税等の公租公課は既に全額納付しておりその数額は三億七、〇〇〇万円にのぼり国税等は完全に徴収され、逋脱に伴なう被害は完全に回復されており、国としても更に被害を上まわる金員を徴収済みなのであり、かかる短期間において多額の被害が回復されたのは被告人らが私的に費消していなかったからである。

刑罰と税制における加算税等の立法目的は異なるにしても、被告人会社のような私企業には等しく経済的な制裁としての意味をもつものであり、殊に法人に対する罰金は、経済的な制裁として最終的には株主に対する苦痛となるものであり、既に延滞税、加算税とともに逋脱税額を完納している被告会社と株主に対しては、憲法上の二重の危険禁止の精神を尊重される刑罰権の発動が望ましいのであり、罰金刑の金額について格別に御配慮いただきたいところであるが、原裁判所の量刑は、被告人弁護人らの見聞する他の量刑に比しても、酷し過ぎると考えられるのである。

二、家電製品下請業界の実情

戦後の日本の経済復興と経済成長には目を見張るものがあり、現在では、日本の経済力は国際的にも高い評価を得ていることは周知のとおりである。なかんずくその推進力として種々の産業の中でも家庭電化製品等電気機器産業界が高い役割を果たしてきたことも明らかである。

対外的にも日本の輸出を増やし、国内においても国民の生活を豊かにすることに役立った家電業界を支え、これを発展させてきたものは、睦月末蔵が経営する被告人会社のような幾多の下請加工業者であった。被告人会社は日本の代表的な上場企業でありその商標や商号が世界中に知られている家電業界の大企業の全部と取引をもち、その下請工場として商品質のプラスチック成型加工業を営んできたものであるが、右の下請事業は一貫して、合理化につぐ合理化を行なってより高品質でより安価な家電部品を製造してきたものであり、被告人らのたえまない努力や創意工夫や被告人らの汗と涙によって現在の日本の経済的繁栄が維持されてきたものであり、被告人らは縁の下の力持ちとして、地の塩として真に必要な企業活動をしてきたものである。

日本の産業界は、陽のあたる大企業と下積みの中小企業との間に種々の格差があり二重構造をなしていることは、従来から指摘されているところであるが、被告人ら下請けの小企業は、その存立の根拠を全面的に募占的な大企業に依存しており、これらの大企業が、圧倒的な経済力を行使して小企業との取引の有無、内容、条件を決めることが出来るのであり、被告人らの製品の価格決定力を持っているのであり、事実上被告人らの生殺与奪の権利を持っているといっても過言ではない。

現在までの日本の社会では、少なくともクリーピングインフレーションが進行し、人件費であれ、仕入原材料費であれ、燃料費であれ、電気料金、交通費等公共料金であれ、常に物価は上昇の一途をたどり、あらゆる商品価格は上昇してきているのであるが、例外的に被告人らの下請業界では、合理化をせまられ、再三再四、種々の口実で、製品の単価の切り下げを要求されたことはあっても、一度として値上げをしてもらったことはないのであり、常に厳しく、メーカーから監視、支配をうけ原価計算をされ、値下げ攻勢をうけていたものである。

三、租税逋脱の動機と逋脱金の使途

私企業が安定的に存立し発展するためには、企業家が勤勉と節倹の精神で努力し、創意工夫を重ね、資本を蓄積させていくほかはないが、睦月末蔵は、まさに企業家精神を体現した方であり、尋常高等小学校を卒業してから鉄工所勤務等を経て営々努力をし、被告人会社を設立し、発展させてきたものであるが、現在の税制下においては、内部資本を蓄積していくのは非常に困難であるのに、メーカーから不断の値下げ攻勢を受け続けてきたものであり、何時でもメーカーの都合で取引を打ち切られたり、取引条件を厳しくされたり、製品価格の切り下げを要求されるやも知れない不安定な立場にあった。

睦月末蔵は、オイルショックなどの過酷な経済環境にたえ、のるかそるかの決断をして、同業者が倒産していく中にあって不断の努力をし、設備投資をして徹底的に合理化を行ない生産性を向上させたためこれが成功し、昭和五二年頃、特別の利益があがったところ、会社の経理担当の池田金義から「会社の売上が伸びて利益が多く出るようになったが、いつまでも高い利益が出るとは限らないので申告額を少なくしたらどうか。」との提案が出されたのを契機に、自己資本を蓄積し将来の会社の危機や不測の事態に備え、かつメーカーからの値下げ攻勢に耐えうる予備資金として留保する趣旨で、その後、売上除外等の方法で本件各犯行に及んだものである。

被告人らの租税逋脱の意図・動機は、脱税した金員を私的な遊興や贅沢や私的資産の増大に費消するためのものではなく、私利私欲によったものではなく、厳しい家電下請業界において私企業として生き残らんがためにやむにやまれず行なったものである。

従って、逋脱した金銭はそのままのかたちで貯蓄にまわし、そのまま保管し、期日毎に書き替え継続してきたものであり、一銭たりとも私的な費消流用はなかったものである。このように私的費消のない逋脱犯は稀有の事例ではないだろうか。

被告人らが、非常時に備えて資本の蓄積をしたいと考えた背景には、長期間に亘って体験した苦悩、屈辱、小さい下請私企業の困難があったからであり、被告人らの労苦と汗と涙を察するにあまりがあり、この点を賢明に御推察たまわりたい。

四、自発的、全面的な捜査協力と反省

被告人らは、罪の意識におびえながら犯行を重ねてきたものであり従って本件が発覚してからは全面的、自発的に捜査に協力し、深く反省して全部の証拠をすすんで捜査当局に提供してきたものであり、被告人に、改悔の情が著しいことは貴裁判所においても明らかに認められるところであろう。従って、本件の調査や捜査や諸手続きは円滑に進行し、迅速な裁判となったものであり、ベッカリヤ等が古くから説いてきたように、一般予防や特別予防の観点からも犯罪は重く処罰されるよりは早く処罰されることが必要であるところ、本件は迅速な処罰が実現できたので、重く処罰する必要性はない。

また、逋脱事案は企業の大小を問わずかなり広く行なわれているものと思われ、犯罪の暗数は高いと思われるがひとり摘発を受けた企業のみを見せしめ的に重く処罰することは法の適用において不公正であり不平等であり、被告人会社のような私企業にとっては経済的な重い処罰が致命的打撃を与えることに配慮されたい。

五、社会的制裁を受けていること

被告人は、逋脱に伴なう裁判的税金の全額を完納させられ、青色申告の特典を失い、更に起訴されたことがマスコミ各紙に載り、社会的非難を受けたほか、得意先のメーカーにも知られ信用を失墜し有形無形の批判をあびており、既に十分に社会的制裁を受けている。

六、申告率の増大

被告会社らはかつては善良な納税者であったが、偶々脱税の途に入ったものの、これを是正しようとしてきたことは被告人らの供述するところであり、現に公訴事実の第一、第二、第三を年度が下るに従って申告率が四割、六割、七割と順次高くなってきていたものであり、元々、本件訴追がなくても自発的に改善の過程に入っていたものであり、今回の捜査と訴追を受けて完全に改悛しており、再犯の虞れは全くない。

被告人らの改悛の情の顕著で固いことは貴裁判所において既に御洞察のことと思われる(睦月は事件で摘発されたことを恥と感じてかねて知り合いの弁護人に相談することなくひっそり国選弁護を受けようかと考え、検察官に相談していたほどの方なのである。)。

七、その他の情状

源泉徴収を受ける給与所得者と異なり、申告納税を行なう民間の企業にとって、一〇〇%正直な申告をすることは現実にはかなり困難であり、犯行に走る誘惑と機会が高く、企業環境と競争の激しい現代社会においては完全な良き納税者であることを期待する可能性は少ない。また法意識においても、自然犯と異なり、法定犯においては個人的な法益侵害を直接かつ具体的に行なうものではないので、法人税法違反について道徳的な抑止力がともすると弱いことは容易に想像しうるところである。

まして、既述のとおりの家電業界の下請小企業においては何時、得意先から取引停止や制限を受けるやも知れず、また不況時においては欠損を出し、出血納品をしなければならないこともあり得るのであり、資本の蓄積や予備資金がなければいつでも倒産しうる状況にある私企業の経営者が、企業と従業員と数百人の家族の職と収入を維持しようとして、逋脱に走った背景と動機は十分に理解しうるところである。

既に被告人睦月は、原判決を厳粛に受け止め、そのままこれに服しているものであり、これ以上被告会社が重い経済的な罰金を課せられると資金繰り等にも破綻をきたし、不測の事態がおこり、数百人の従業員や家族の生活に悪い影響を与え、賃金、賞与の支払いに影響するので是非とも寛大な罰金刑をお願いするものである。

以上

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